学力テストと教員人事評価制度を結び付けようとする大阪市に5つの疑問をぶつける

投稿者: | 2018年9月19日

大阪市長が新たに打ち出した、学力テストと教員の人事評価を反映させる新制度。

大阪市の吉村洋文市長は14日、全国学力・学習状況調査(学テ)などの結果を教員の人事評価に反映させる制度を今年度中につくると、市総合教育会議で明らかにした。2019年度に試行、20年度以降は評価を翌年度のボーナスに反映させたいとしている。

学テで人事評価「年度内に制度」…大阪市長(出典:読売新聞2018年9月15日)

今回はこの件に関する、私の考えを述べたい。

 

◆その前に・・・

その前にまず、個人的な話をさせていただきたい。

新人教員だった1年目の私の話だ。

当時の私の考えは次のようだった。

4月にはほぼ等しくクラス分けされた同学年の他クラスの子どもたちが、4月の時点ではほぼ同程度だったはずなのに、担任の力量・熱意によって、2~3月にはまるで別集団になっている。

何もテストの結果だけじゃない。子どもたちの表情から人間関係、運動に至るまでもだ。なのに、頑張っても頑張らなくても、能力があってもなくても、同じ給与。

それって、おかしくない?

“優秀な先生をより多くの給与を与えきちんと評価すべき”だ

評価で差をつけるべきだ。

でもどうやって?

先ほどの「担任の力量・熱意によって」「子どもたちの表情から人間関係、運動」「別集団」云々って、主観だしな~・・・・。

そうだ、あるじゃん、客観的なモノサシになるやつが!

そう、学力テスト。あれを使えば、学校は勉強だけではないにせよ、少なくとも勉強面については、客観的に評価できる・・・・・。

当時の私、このようなことを考えていました。つまり、今の大阪市長と同じようなことを考えていたのです。

しかし、私はその後、3校の異なる市町村での学校勤務を経験するなかで、様々な子ども・保護者、地域の人たち、尊敬できる同僚などと出会い、低学年から高学年まで担任していくことで、その考えに変化が生まれました。

たしかに、優秀な先生をより多くの給与を与えきちんと評価すべきだし、その考え方は間違っていない。

しかし、その方法として学力テストを利用するのは間違っている。いや、もっと言うなら、学校教員を適正に評価するシステム方法などあり得ない、これが今現在の私の考えです。

なぜ今の私がそう考えるのか。公立小学校担任の経験から、大阪市長に5つの疑問をぶつける形で論を進めていきたいと思う。

 

1.当初の学テの目的と違くない?

2000年代から再開した全国学力テスト。現在では加えて、都道府県・市区町村が独自に実施している自治体も数多くあります。

再開当時は根強い反対意見もありましたが、「授業・教育の改善・充実に用いる」という目的のもと再開されました。

そのことについては文科省はホームページにも学力調査の目的を記載しています

・義務教育の機会均等とその水準の維持向上の観点から、全国的な児童生徒の学力や学習状況を把握・分析し、教育施策の成果と課題を検証し、その改善を図る。
・そのような取組を通じて、教育に関する継続的な検証改善サイクルを確立する。
・学校における児童生徒への教育指導の充実や学習状況の改善等に役立てる。

(出典:文科省「全国的な学力調査・調査の目的」)

このように、「授業・教育の改善・充実に用いる」ために行われるのが学力調査です。

決して、教員の評価に用いることを想定(許容)して国民の合意を図ったうえで再開されたものではないのです。

にも関わらず、上記の目的から外れる用途で学力テストを使用して良いのでしょうか?

これが1つ目の疑問です。

 

2.ボーナスを目的に頑張る?

「学力テストで結果を出せば評価・給与が上がる! なら頑張ろう!」

大阪市の政治家が教員がそのように考えると予想しているのでしょうか。

あるいは民間企業の社員ならそう考えるかもしれません。

しかし、大阪の政治家が本当に、こうなると考えているのということであれば、それは公立学校の教員という人種の特性をきちんと理解しているとはいえません。

彼ら教員の頭の中に評価や給与(ボーナス)、出世等に重きを置き、それを仕事のモチベーションにしている人は民間企業に比べて超がつくほど圧倒的に低いです。

なぜなら彼らは高給(ボーナス)を貰うために教員になったわけではないし、出世=子どもから離れる=嫌、と考えているからです。つまり、それらの要因は彼らにとって大きなインセンティブにはなり得ません。

彼らの仕事への最大のモチベーションは評価や給与、出世ではなく、ごく単純に「子どもを成長させたい」ことなのです。一般の方が聞いたら、「は? な~にキレイごと言ってんだよ~」と思われるかもしれません。しかし、子どもの成長を手助けできたときの喜び・達成感を経験したことのある(超主観的な)私に言わせてもらえば、本当に多くの教員がそうなのです。

大体、彼ら教員は残業代1銭も出ないのに、毎週休日丸一日自らのプライベートを犠牲にして授業の準備をしているような人たちです。

当然、お金や評価のためではありません。「仕事のやりがい」のため?

違います。彼らにとってのこの仕事は、もはやそれが”生きがい”なのです。(まあ、真逆な教員も時折見かけますが)

だから、大多数の教員は、

  • 最初から熱意がある(頑張る)人は何があっても熱心(頑張る)
  • そうでない人はどんな施策がうたれようと頑張りゃしない

のです。

もちろん、中には出世意欲が高い人が少数いてそういう人たちには一定の効果はあるのでしょうが、あくまでも限定的ではないでしょうか?

(そういう人たちを吸い上げるというのが本当の、裏の目的ならものすごく理に叶っていると思いますが・・・)

これが2つ目の疑問です。

 

3.地域差、学校差、学年差、クラス差の問題はどうクリアする?

ここでは仮にこのまま大阪市が本当にこの制度を導入したとしましょう。

でも言わずもがな、地域・学校・学年・クラスによって子どもの元々の実力が異なるわけですよね。

更に、子どもによって家庭環境・学習環境も異なるわけです。

更に更に、そもそも子どものテストの結果って、

  • 良かったらが全て学校のおかげ
  • 悪かったら全て学校のせい

ではありません。

確かに冒頭に私が述べたとおり、1年間もの間、学校で上手な先生の授業を受け続けた児童とその逆では明らかに異なってきます。主観的に、肌感覚でそれは分かります。

でも、学力テストの結果の全てが、学校のおかげ(せい)なわけ、ありませんよね。塾で学習する子どももいれば、親や友達に勉強を教わる子どももいる、読書など自分で独学して何か特定の知識を身につけている子どももいるかもしれない。

わざわざ私なんかが言わなくても皆さんお分かりなことだとは思いますが、学校と関係ない要因が、学力テストの結果にはどうしても入り込んできてしまうわけです。

なので、フェアな条件制御を行うことは事実上、不可能なように私には思えます。

地域差・学校差・クラス差、学校と関係のない要因、これらをどのようにフェアな条件に整え、評価していくのか? その問題についてどう向き合っていくのでしょうか?

これが3つ目の疑問です。

 

4.競争原理は子どもの学力を上げる?

さて仮に、奇跡的にこれまで誰も思いつかなかった方法でフェアな条件を整えた、あるいはそんなこと知らねーよ、ってことでバックレて、このシステム導入していくとしましょう。

どうなっていくのでしょうか。

上の人たちは、競争をさせるようになる可能性が非常に高いと思われます。というか、始めからそれが狙いなのだろうと思います。

地域同士、学校同士、教員同士、子ども同士。すべての階層で争わせ、その競争論理によって皆の成績が引き上げられる、彼らはそう言うのです。

しかし、それは本当なのでしょうか?

学力調査対策に熱心に取り組んでいた自治体で勤務をしていた経験から言うと、それは「YESであり、NO」です。

どういうことか。

確かに、「学力テストの結果」は上がります。

しかし、それはあくまでも学力テストの結果であって、学力そのものなのかどうかは甚だ怪しい、ということです。(そもそも学力とは何かという定義の問題はありますが)

その自治体、当時何をやっていたかというと、大っぴらにはやっていませんでしたが、学力調査の結果をもとに成績の悪い学校を「学力重点校」と称して(内部のみ外部には発信せず)、何度も学力テストの過去問を解かせたり、学力調査対策の補習を行ったりしていました。

するとどうでしょう。その「学力重点校」はその翌年、いきなり成績が向上しているのです。

現場では皆、一瞬驚きました。しかしすぐにその原因は皆が理解し始めました。

どういうことだったかというと、小学生の過去問対策は非常に効果が高い、ということです。なぜなら、普段行っている(業者の)単元テストと学力調査の問題のパターンや形式がかなり異なるからです。

分かりやすい例を挙げると、下学年の児童は、問題用紙と解答用紙が分かれているようなテストが学力テストで初体験だったりします(正答を導き出しているのに答えの書き方が分からず誤答となったケースも結構あった)。ですから、過去問対策など練習の効果が即結果に表れやすいのです。

つまり、学力調査対策を行った「学力重点校」が対策を行っていない学校よりも相対的に上回っただけ、ということです。

でもこれって、本当に「学力」が上がったといえるのでしょうか?

競争原理は本質から離れた、一番手っ取り早い方法で結果を出すことしか生み出さないのではないでしょうか?

これが4つ目の疑問です。

 

5.不正は起きない?

教育現場に競争原理を持ちこみ、子ども同士、教員同士を競わせる・・・。待っているのは何でしょうか。

競わせるということは勝者が生まれます。ということは一方で、必ず敗者が生まれます。そうなると、敗者(子ども・教員)は、上の者(校長)から睨まれ、更に上の者(教育委員会)から睨まれる、そういう可能性はないでしょうか。

過去には学力テストの結果を学校予算の配分に反映させたところ、それを恐れて不正を行った自治体がありました。

2006年の東京都足立区です。足立区は大きく2つの不正を行っていました。

①カンニング不正

まずは、カンニングです。

校長主導のもと、答案に指をさし誤答に気づかせるという不正を行っていたことが発覚したのです。

当時の記事URLがリンク切れしてしまっていたので、魚拓を貼ります。

当時、この問題はワイドショーなどテレビでも放送され、区教育委員会は謝罪を行いました。

足立区が実施した学力テスト。同校の成績は2005年が44位だった。それが翌2006年にはいきなり1位。よくがんばりました、といいたいところだが、奮起したのは児童ではなく校長を中心にした学校ぐるみの不正の結果だった。

『学校ぐるみ!「学力テスト」不正操作』(出典:テレビ朝日モーニングショー2007年7月10日)

②排除不正

更に、テストの成績が芳しくない児童を無断で結果からピックアップもしました。

学力テストの採点から障害のある児童3人を外したことが明らかになった。なぜ問題は起きたのか。区教委は7日の会見で「今後の調査を待ちたい」と明言を避けたが、教育関係者からは、学校ぐるみで成績を上げる「不正行為」をしていたのでは、との疑惑も出ている。

学校ぐるみで成績向上「不正」の疑いも(出典:朝日新聞2007年7月8日)

この記事では障害のある児童とされていますが、学校に競争原理を持ち込むと、障害までいかなくとも成績の悪い児童は排除される、また”煙たがれる”可能性も出てくるのではないでしょうか。本来、そんな子ほど救ってあげなくてはならないはずなのに・・・。

これらの不正記事を読むと、教育者なのに、そこまでやる? こんなの一部だけでしょ? と教員に対し、好意的な眼差しで見て下さっている一般の方はそう思うかもしれません。しかし、学校現場に競争原理を持ち込むと、予算の配分なども絡んできたりすれば尚更ですが、このように何としてでも結果を出さなくてはと⇒不正を行う、という流れになりかねないというのが(教育者だろうが)人間の心理ではないでしょうか。

実際、不正に手を染めているのは足立区だけではありません。

発表によると、不正があったのは、いずれも国語の応用力をみるB問題。テスト前日に校長、教頭、学級担任ら7、8人が問題の傾向を確認した。その上で、児童にとって「難しい」と判断した問題を後回しにし、先に解かせる順番を決定。全クラスでテスト開始前にこの順番を黒板に書き、口頭で児童に指示した。

6年生対象、国語で不正 下関市立小で解く順指示 /山口(出典:毎日新聞2016年3月17日)

1956年に始まったかつての全国学力テストが、競争が過熱して打ち切られたのを思い起こさせる。対策に多くの授業時間を充てる学校が増えたばかりか、学力が低い子を欠席させる、教員がさりげなく正答を教える、といった不正がはびこった。

現在の学力テストも既にゆがみはあらわだ。成績を上げようと、過去の問題を事前に繰り返し解かせる学校は少なくない。全日本教職員組合の調査では、4割以上の学校が特別な対策をしていた。学校別の成績公表が広がって現場への圧力は増し、以前のような不正も各地で起きている。

学力テスト 弊害を生むばかりだ(出典:信濃新聞2018年9月19日)

また、2000年代に同様の施策を実行したアメリカの一部の州では、教員による不正が横行したという報告もあります。

勝間さんは、「2000年の初め頃にアメリカでまったく同じことをやってみたんですよ」と解説する。カルフォルニア州やシカゴで、教員の成績をテストによって上下させたり、学校に対する補助金を与えようということをした結果、

「大失敗したんですよ。どう失敗したのかは簡単で、不正が横行したんです」「要は先生たちが自分のボーナスを上げたり、自分がクビにならないために、子供たちの点数をわざと不正な方法で上げようとしたんです」

と、アメリカでの失敗例を説いた。例えば、テストの時間を延ばす、回答の空欄を教員が勝手に埋めてしまうなどだ。酷いものになると、鉛筆で書かれた回答を「消して書き換える」などが行なわれたという。

(出典:BLOGOS,TOKYO MXTV8月13日バラいろダンディ勝間和代、大阪市の「学力テストの結果を教員の給与に反映させる」案に苦言 「米国では不正が横行、大失敗している』

さあ、どのように不正を防ぐつもりなのでしょうか?

これが5つ目の疑問です。

 

◆余談

これは余談で不正ではありませんが、個人的な経験でいえば、前述の学力調査対策に熱当な自治体に勤務していたとき、仲の良い同僚がコッソリ教えてくれたことがありました。

「東和先生、年度初めのテストでは(周りは直前に復習するけどウチのクラスは何もせず)わざと低い点とらせるんだよ。それで年度末には今度は逆に直前にガンガン過去問やる、宿題でも出す。これだけでめちゃくちゃクラス成績(自分の評価)上がるよ」

「で、あの校長アホだから、そんなことつゆ知らず学力テストの結果見ながら、『〇〇先生、学習指導が素晴らしいですね』って。バカバカし過ぎる」

 

◆まとめ

熱意も能力もある教員を評価してあげよう。その発想は間違っていないと思います。

しかし、その方法は本当に学力テストと教員評価を結びつける方法なのでしょうか?(というかそもそも客観的に適正に教員を評価することなど可能なのでしょうか?)

百歩譲っても、導入するなら、大阪市にはこの5つの疑問に明確に回答してもらいたいものです。

  1. そもそもの学テの目的と違くない?
  2. ボーナスを目的に頑張る?
  3. 地域差、学校差、学年差、クラス差の問題はどうクリアする?
  4. 競争原理は子どもの学力を上げる?
  5. 不正は起きない?

何か施策が失敗したとき、被害を被るのはいつも現場、とりわけ弱者(子ども)です。

今からでもまだ遅くありません。もう一度考え直してください。

  • 結局、本当にその施策で、子どもの学力が高まるのか?

これが、私の今回の大阪市の新たな人事評価制度導入に対する考えです。

関連記事:元教員が挙げる、公立小中学校でやめるべき学力テスト対策5つ

 


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