伽藍の世界のクソゲーであり、子どもにはバザールで生き抜いていけるよう教育すべきである

この本は著者が、

この本で書いたのは、伽藍(がらん)の世界を捨ててバザールへと向かう旅の方法です。

といっているように、日本というリスクを回避しながら、伽藍の世界からバザールの世界に向かう方法を提示している本です。

今回はそのなかでも、伽藍の世界とバザールの世界の記述について、大変興味深かったので取り上げます。

◆伽藍とバザール

まず橘氏は、伽藍とは、学校のような外部から遮断された世界のことをいうといいます。

伽藍というのは、ひとの集団が物理的・心理的な空間に閉じ込められている状態で、学校のような外部から遮断された世界のことです。それに対してバザールは開かれた空間で、店を出すのも畳むのも自由です。

そして、伽藍とバザールでは「評判」をめぐってまったく異なるゲームが行われている、といいます。

バザール空間でのデフォルトのゲームは、できるだけ目立って、たくさんのよい評判を獲得することになります。これが「ポジティブゲーム」です。

それに対して閉鎖的な伽藍空間では、押し付けられた悪評はずっとついて回ります。このゲームの典型が学校でのいじめで、いったん悪評の標的にされると地獄のような日々が卒業まで続くことになりますから、できるだけ目立たず、匿名性の鎧を身にまとって悪評を避けることが生き延びる最適環境になります。こちらは、「ネガティブゲーム」です。

そして、橘氏はその象徴が大学生の就活の画一的なスーツ姿だといいます。

(私の過去の職場であった)職員室もまさに「悪評を避けること」に全力を投じる世界です。

それが生き延びるための最適環境なんですから、ある意味合理的っちゃー合理的なのかしれません。

まあ、要するに、伽藍の世界はクソゲーってことです。

◆伽藍の特徴は?

そして、その伽藍の特徴について、橘氏は足の引っ張り合いが起こるのが伽藍の世界の特徴といいます。

いったん会社が傾き始めると社内の雰囲気がどんどん悪くなって、嫉妬や陰口が蔓延し、醜い足の引っ張り合いが起こるのも伽藍の世界の特徴で、これは学校のいじめとまったく同じです。

確かに、学校でも学級崩壊が起こるとクラス(職員室)の雰囲気がどんどん悪くなり、悪口や嫉妬、足の引っ張り合いが起こって、最後にはいじめが起きます。

◆伽藍からバザールへ

最後に橘氏は、伽藍の世界に制度的に風穴を開けることができなければ——①定年制の禁止②同一賃金同一労働③解雇自由が実現されなければ——日本社会はいずれ、二割のバザールの住人と八割の伽藍の住人へと二極化していくことになるはず、といいます。

日本の社会でもっとも優秀なひとたちがバザール空間に集まるのは、そこに法外に有利な成功の機会があることに気づいているからでしょう。その成功は、たんに金銭的なものではありません。バザール世界では金銭よりも「評判」のほうがはるかに価値が高く、インターネットの登場によって、成功者はとてつもない富と名声を手にするようになりました。

伽藍の世界に制度的に風穴を開けることができなければ、日本社会はいずれ、二割のバザールの住人と八割の伽藍の住人へと二極化していくことになるはずです。私はこれをバラ色の未来だとは思いませんが、避けることのできない運命のようなものだと考えています。

子どもの夢・第一位がYoutuberであることをバカにしている大人をよく見かけますが、私は実は子どもたちは「伽藍ではなくバザール」で生きていった方が有利だ、と彼ら彼女らは見抜いているのではないかと思っています。

そして、橘氏の言う通り二極化していくようであれば、子どもへ教育すべきことは、伽藍の世界ではなく、「バザールの世界で生き抜いていけるようにすること」に間違いなさそうです。

にも関わらず、例によって公教育はいまだに伽藍の世界で生きていけるような教育をやっていますね。

そんなクソゲーの攻略方法今更教えてももう何の役にも立たないのに・・・。

★まとめ

まずは大人が伽藍の世界からバザールに飛び出し、見本を見せましょう。

そして、子どもにもそのように教育しましょう。