それでも教師が組体操の高層ピラミッド・タワーを継続する理由

散々その危険性が指摘されてきた組体操の高層ピラミッド・タワー。

一度は収束傾向もみられたものの、未だに継続している学校も多く、批判が続出している。

一般の方は普通に考えて、最も大切な児童・生徒の「安全」を脅かす高層ピラミッド・タワーをなぜ実施し続けるのか、疑問に感じるのではないだろうか。

これだけ安全性が疑問視されているにもかかわらず、それでも教師が高層ピラミッド・タワーを続ける理由は何なのか。

今回は、私が考える教師が組体操の高層ピラミッド・タワーを続ける理由について、大きく3点に分けて説明していく。

1.前例主義

学校の世界は、一般の方が思う以上に「前例主義」が幅を利かせている世界である。

基本的に学校というのは一般企業とは異なり毎年行うことは同じなので、多くの場面においてその「前例主義」は効率的ではある。しかし、この「前例主義」は、場合によっては「前例主義」に縛られてなかなかやり方を変えることができない、という面もある。学校では、組体操に限らず、何かを変える場合、変えたことによる批判を恐れる学校長やそれまでそのやり方で実施してきた教員からのネガティブな反応が出るのだ。

その結果、提案者が最も無難に仕事をこなすためには「昨年と同じ」ようにやることになるのである。

よって、これだけ安全性が疑問視されながらも、変えることができていないのではないかと私は考える。

2.”合法的に”ガバナンスする手段

日本の教師は、1人で35〜40人の児童・生徒を見なくてはならない。

それでも昔は体罰が容認されていて、授業を妨害したり著しく秩序を乱したりする児童・生徒に対しては、「ぶん殴る」ことによってガバナンスしていた。

しかし言うまでもなく、今、体罰は許されない。「暴言」「不適切な指導」も許されない。「どうせ教師は殴れないだろ?」と挑発してくる子どもさえいる。保護者に注意を促そうものなら、「家では良い子、学校のやり方に問題がある」と逆にクレームを受ける。『出席停止』という制度はあるが、実際にはなかなか運用されない。

体罰は良くないことではあるが、結果的に今、教師が教室の秩序を守るための手段がないのだ。

そこで、教師が考えたのが「一体感」を利用したガバナンスではないだろうか。(考えたというのは実際は意識的ではないかもしれない、教師たちの経験から基づくものなのかもしれない)

痛みや危険性を伴いながらも、困難なミッションに挑戦する、そして成功する、その過程あるいは成功した際には「一体感」が生まれる、その「一体感」こそが教室の秩序の安定につながる、こういうことではないかと私は考えるのである。

いわば組体操の高層ピラミッド・タワーは、教師にとって”合法的に”ガバナンスすることのできる最後の手段となっているのではないだろうか。

もちろん、このような話は、外部からみたらある意味滑稽でしかないのだが、コップの中にいる教師たちにとって教室の秩序は死活問題であり、真剣にこのように考えている可能性が捨てきれない。

3.保護者や地域からの期待

保護者や地域からの期待、というか、圧力もある。

そのあたりの話は、内田良准教授が新刊『学校ハラスメント』のなかで、非常に分かりやすく保護者や地域からの期待を浮き彫りにしているので、引用する。

教師が巨大組み体操の実施を決断するその背景は、一部の保護者や地域住民からの圧力がかかっていることがある。世の大人たちによる圧力は、巨大組み体操からの脱却の可能性が高まったときに、顕在化する。組体操の高さを2段までに制限した小学校の校長は、子どもの保護者から罵声を浴びせられたという。

なかなかやめられない事情もあるんです。なぜかというと、やはり親、PTAや、またPTA会長のOBとか地域の町会長とかが、これはすばらしいねといって称賛をします。私の地元の中学校もそうなんですよ。新しい校長先生が来ると、入学式のときに大体顔を合わせますけれども、地域のPTAの会長さんたちが何と言うかといったら、5段タワーだけは続けてくださいねと言うわけですよ。(2015年12月1日、衆議院文部科学委員会議事録 初鹿明博衆議院議員)

今や学校は地域や保護者に比べ非常に弱い立場である。

とはいえ、仮に周囲からどのような圧力があるにせよ、学校長が教育者として児童・生徒の安全を第一に考えるべきである。しかし、現実は保身のためにそのように決断できない校長が多いから、高層ピラミッド・タワーを実施する学校が後を絶たないのだろう。

★まとめ

安全性が疑問視されながらも、それでも教師が組体操の高層ピラミッド・タワーを続ける理由は、私の考えでは、

  1. 前例主義
  2. “合法的に”ガバナンスする手段
  3. 保護者や地域からの期待

である。

いい加減、安全を第一に考え、やめてほしいものである。

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