3月5日、さいたま地裁で教員超勤裁判の第11回目が行われました。私はこの訴訟、今後の日本の公立学校教員の超勤問題を左右する裁判だと思い、継続的に注目しています。
今回、11回目の裁判では、証人尋問が行われました。原告側は原告先生、高橋哲先生、県側は当時の校長が答弁しました。
本記事(②)は、教育法規の専門家、埼玉大学・高橋哲先生の答弁です。
これまで裁判資料については重要な箇所のみの抜粋でまとめてきましたが、今回はノーカットで掲載します。
なお、引用元は、第11回裁判資料(埼玉教員超勤訴訟・田中まさおのサイト)です。
原告弁護士からの尋問
Q.この意見書ですが,これはあなたが作成し,署名,押印されたもので間違いないですか。
間違いありません。
Q.まず,あなたの現在の職業と専門分野を教えてください。
埼玉大学の准教授を務めております。私は,教育と法をめぐる問題について検討する教育法学という領域を専門としております。
Q.本件訴訟と関連する研究として,どのようなものがありますか。
意見書に添付しております業績一覧にありますように給特法をめぐる論文と法学セミナー,日本教育法学会年報,それから季刊労働者の権利等に掲載しているもの,それからアメリカの教育法制に関する研究等がこれに関わるというふうに考えております。
Q.では,まず給特法のことについてお聞きしていきます。あなたは,意見書の 1ページ目以降で,給特法が労働基準法とは異なる特殊なルールを教員に設けていると述べられていますね。
はい, さようです。
Q.その特殊なルールについて,重要な部分について御説明ください。
給特法は,教員の時間外勤務をめぐる特殊ルールを定めている法律です。具体的には給料月額4パーセントの教職調整額という教員に固有 の給料というのが支給されるという点,それからこれに対して,労基 法37条に基づく超勤手当の支給義務というのが適用除外されている点,そしてこれらの教職調整額を前提に教員を時間外に働かせる業務というのをいわゆる超勤4項目というものに限定している点,そしてこれらの業務については,労基法33条3項を適用することによって36協定がなくとも時間外勤務を命じられるとしている点に特殊性があります。
Q.労働基準法とは異なる特殊ルールがあるということですが,労働基準法32条に定められた労働時間規制というのは,教員に適用されているんですか。
はい。あくまで先ほど申し上げましたように給特法は,時間外勤務をめぐる特殊ルールを定めていますので、勤務時間,労働時間に関する上限規制を示しました労基法32条は適用されています。
Q.では,先ほど述べられた給特法に定められた超勤4項目についてお聞きして きます。この超勤4項目以外の業務について,教員に勤務時間外にやれとい うような命令をしたり,もしくはそういう仕事をさせることというのは,許されているんですか。
許されていません。まず,給特法6条で教員に正規の勤務時間外に勤 務させられる業務というのは,文部科学省が定める政令によって示されたもののみに限るということが示されていまして,この勤務時間政 令によって定められた超勤4項目,これだけが時間外勤務というものを命じられるものだというふうに定められていますので,超勤4項目以外の時間外勤務というのは,させてはいけないというのが給特法の体裁となっております。
Q.そのように給特法の下では超勤4項目に限定されているわけですが,このように限定する際の立法過程について,どのような議論があったか教えてください。
実は1971年に給特法が制定される際には労基法37条を適用除外するということについて,これが無定量な時間外勤務というのを教員にもたらすのではないかということが懸念されていました。それに対する回答としまして,当時の文部省,人事院,労働省のいずれもが職務の内容によって時間外勤務というものを限定するんだと,歯止めをかけるんだということを言っていたわけです。すなわち教員の場合ですと,時間外勤務に関して,時間換算して超勤手当を払って量的に規 制するのではなくて,内容によって規制するのだということが立法趣旨として示されておりました。
Q.そのように内容に歯止めをかけるということですが,ただ,被告は4パーセ ントの教職調整額を支払うことで,全ての時間外勤務がカバーされているというふうに主張しています。そのような被告の主張は、今先ほどおっしゃられた立法趣旨とは沿うものなんですか。
少なくとも先ほど申し上げました立法趣旨には一致しないように思います。もし被告がおっしゃられているように教職調整額 4 パーセントで超勤4項目以外の業務も含まれているんだということが説明されていたならば,そもそもこの給特法という法律自体が制定することができなかったと,それくらい文部省においても人事院においても 労働省においても,限定をかけるんだということを条件に労基法とは違う特殊ルールというものが定められたという経緯がございます。
Q.被告が 4パーセントの教職調整額で全ての時間外勤務がカバーされているという見解についてもう一つお聞きしますが,現在の政府,文科省の解釈は, 被告の主張のとおりなんですか。
私は,文科省の主張と被告の主張というのは,一致していないというふうに考えています。被告のおっしゃられている主張というのは,超勤4項目以外の業務に関しましても教職調整額が対価として支払われ ているんだという御主張でありますけれども,文科省はそのような解釈を取っていません。文科省は,あくまで超勤4項目以外というのは, 自主的,自発的に行われた労働なので,対価を払う必要がない、さらに言うと,これら自主的,自発的に行われた業務に対して校費を支払 うということは適切でないということを言っていますので,この教職調整額の対象に超勤4項目以外の業務が当たるのか,対象となっているのかということについて,両者には大きな相違があるというふうに考えています。
Q.文科省は,自発的行為だというふうに解釈をしているということですが,そのような解釈に問題点はありますか。
はい。私は,これも問題だというふうに思っています。自発的である, すなわち労働時間ではないということを文科省は主張しているわけで すけれども,この業務というのが労働時間に該当するのかどうかということについては,客観的に労働基準法に示された労基法上の労働時間概念に照らして判断される必要があるというふうに考えています。
Q.では,超勤4項目以外の業務の労働基準法上の労働時間該当性について聞いていきます。労働基準法上の労働時間該当性については,どのような問題点はありますか。
まず1つは,客観的な基準に基づいてそれを判断すべきだという点につきましては,判例と学説が一致している見解だというふうに思います。この客観的に判断する基準に関しまして,近年労働法学でも主流説となりつつあり,また判例の中にも取り入れられている考え方として,相補的2要件説というものが存在しています。この説によりますと,当該業務というのが労基法上の労働時間に該当するのかということについては,いわゆる使用者の関与というものがどの程度あったの
かという関与要件,それから当該業務というものが職務に当たるのかという職務性要件,この2つによって判断するということが示されていますので,今回の原告が主張する業務についてもこの要件から判断するのが妥当であるというふうに考えております。
Q.今おっしゃられた使用者の関与と職務性の要件についてお聞きしていきますが,今般原告が主張している時間外勤務というのが教室の整理整頓から始まり, 掲示物の作成であったり,会計業務であったり,授業の準備であったり,様々なものがあるんですが,それらの原告が主張している時間外の業務については,今おっしゃられた2つの要件というのは満たすんですか。
私は、満たしているというふうに考えております。まず,職務性という観点からすると,被告側から御提出いただいている準備書面を拝見 しましてもこれらの業務というのが教員の本来の業務である,あるい は不可欠な業務であるということが示されています。すなわちこの業務というのは,原告が趣味で行っていた,学校とは関係ないことを行 っていたという、そういう業務ではなくて,学校教育をしていく上で, あるいは学校を運営していく上で不可欠な業務であったということに ついては,原告も被告も一致を見ているという点で,まず職務性要件については十全に満たされているというふうに考えるところです。
Q.もう一つ,原告の主張によると,教員の業務について,職員会議で決定され て分任されることが多かったということですが,まず職員会議の法的位置づけというのはあるんですか。
戦後以来職員会議というのは,実定法上の本拠を持たない慣習法に基づくものでした。しかしながら,2000年に学校教育法施行規則が 改正され,48条にこの職員会議が明確に示されることとなりました。 そこでは、職員会議というのは、校長の職務に円滑に資するため設定 されるものだということと,この職員会議というのは、校長が主催するんだということが示されています。いわば校長の職務を行う上での 補助機関という性格付けが学校教育法施行規則によって定めているところです。
Q.その職員会議で教員の業務が決定している場合にはその業務というのは,労働時間の該当性についてどのように影響しますか。
まさに使用者の関与要件というところに関わって,重要なポイントというふうになるというふうに考えています。すなわち校長が主催して,校長の職務に資するために開催された職員会議において,学校の先生方の職務というのが分任されている。それは,すなわち校長が各教員に対して職務を割り振るという手段でありますし,それに対して教員が何か異議申立てをするということも難しい状況からすると,事実上 職員会議で行われた業務の分任というのは,業務命令に近いものがあ るというふうに考えております。少なくともこれらの業務に関して校 長が関与しているということを明示する,それが職員会議による業務の分任だというふうに考えております。
Q.被告は,職員会議等において,校長が教員からの意見を聞いて,最終的には校長が自らの権限と責任で決定した業務であるというような主張もしていますが,このような被告の主張を前提として,労働時間の該当性というのは肯定されるんですか。
まさに今おっしゃっていただいたような校長が決定しているというこ とが直接的な関与というのを示しているというふうに思います。少なくとも先ほどの労働時間該当性の基準からして,その一つの重要な要 素である使用者の関与ということについては,これは否定できない事 実であるということを認める,それが職員会議による業務の分任だというふうに考えるところです。
Q.じゃ,ちょっと本件訴訟を離れて,現在教員の働き方改革が行われていますね。
はい,さようです。
Q.文科省は,勤務時間外に行った業務については,どのように整理していますか。
勤務時間外に行われた業務は、現在在校等時間という概念によって処理をしております。2019年1月25日に文科省より発行されました教員の時間外勤務の上限に関するガイドラインによりますと,これらの在校等時間,中でも超勤4項目以外の業務であっても校務である ことに変わりがないがこと,校務であるがゆえにこれらの超勤4項目以外の業務も含めて,教員委員会と校長にはこれらの勤務時間管理を行う責任があるのだということが示されています。
Q.そのような整理がされているということですが,そのような整理と労働時間の該当性というのはどのように関係しますか。
ただいま申し上げました文科省の超勤4項目以外の業務の扱いから見るならば,これはやはり超勤4項目以外についても労基法上の労働時 間に該当するということを広言するものであるというふうに見ること ができると思います。すなわち公務である,学校に欠かせない業務で あるということを認めている時点で,先ほど申し上げました職務性の要件というものが満たされるということを示している。それから,校 長がその当該在校等時間を管理するということは,校長がその業務に 関与しているということを明確に,あるいは関与していることを義務づけるという規定ですので,この関与要件についても認めるという,そういう内容を示しているというふうに思います。
Q.まとめると,勤務時間外の超勤4項目に関する業務を教員がやっていたとし ても,それは自主的ではなく労働時間に該当するということでよろしいですね。
はい,まさに労基法32条に基づく労働時間に該当するということを示しているというふうに考えています。 では,ちょっと離れて,従来の裁判例との関係について聞いていきます。
Q.これまで教員が正規の勤務時間外に行った業務に関連してなされた裁判という のは多くありますが,この裁判を類型として分けるなら,幾つの類型に分けられますか。
給特法制定後の教員の超勤をめぐる裁判というものを類型化するなら,横浜市で行われました人事院の措置要求権をめぐる裁判というものを除いて,多くの裁判というのは2類型に分けることができるというふうに考えております。
Q.じゃ、まず1つ目の類型としてどのようなものがありますか。
これは,2011年の最高裁判決で示されております京都市公立学校 事件をリーディングケースとするようないわゆる給特法,それからそ の下で自治体によって制定された給特条例,これに違反する時間外勤務命令の有無というものを問う訴訟というのが第1の類型に当てはまると思います。
Q.では,2つ目の類型としてどのようなものがありますか。
第2の類型に当てはまるのが,給特法制定後初めての超勤裁判であった愛知県立松陰高校事件判決というものをリーディングケースとしている,労基法37条に基づく超勤手当の支給を請求する請求権の有無を争う裁判というのが第2類型に当てはまるというふうに考えられます。
Q.では,1つ目の類型として挙げられた給特法,給特条例に違反する時間外勤 務命令の存否を問う訴訟について聞いていきます。これについては,先ほど おっしゃられたとおり2011年,平成23年7月12日に最高裁判決がなされていますね。
はい。
Q.この訴訟及び判決では,どのような点が争点になったんですか。
具体的には給特法が命令してはいけないという超勤 4項目以外に対する時間外勤務命令というのがあったのかどうか,あるいはそれに基づいて作られた給特条例に違反するような時間外勤務命令があったのかどうか,より具体的にはそのような時間外勤務を命じる職務命令の有無というのが争点とされておりました。
Q.その訴訟と判決では,労働基準法上の労働時間該当性について争われていたんですか。
いえ,この事件においては争われておりません。1審,2審におきましては、労基法37条に基づく超勤手当の請求というのが予備的請求 として行われていましたけれども,最高裁においてはこの労基法37条も争点となっておらず,給特法及び給特条例のみが争点となっておりますので、労基法32条をめぐる労働時間該当性については全く判断がされておりません。
Q.そうすると,この訴訟と2011年の最高裁判決の京都訴訟とはどのような違いがあるんですか。
2011年の京都訴訟は,あくまで給特法と給特条例に違反する職務命令があったかどうかという判断をした訴訟に対して,本件の訴訟と いうのは,労基法32条に基づく労働時間該当性というものを争っております。すなわち原告が行った業務というのが労基法32条に基づく労働時間に該当するのか,またそこで労基法32条に示された上限 を超えた労働というものが行われたことが労基法32条に違反するのかということが争われている点で,両者は大きく異なる争点を争って
いるというふうに見ることができるかと思います。
Q.では,次に2つ目の類型として挙げられた労働基準法37条に基づく超過勤 務手当の請求を争う訴訟について聞いていきます。このような訴訟の類型では,原告の請求というのは認められていませんね。
はい、多くが認められておりません。 どのような理由から認められていないんですか。
それは,給特法があって,教職調整額が払われつつ,労基法37条が示す超勤手当が払われるような例外的な場合があるかどうかというかなり厳格な基準というのが適用されてきたことから,原告である教員の請求というのが認められないということが多くの場合判決から見ることができます。すなわちこれらの訴訟においては,自由意思を極めて拘束し,そのような勤務というものが常態化している場合,これが 例外的に超勤手当が払われる場合なのだというふうな基準が示されて いて,この基準に該当しないということで,多くの場合原告側,教員の請求というものが却下されるということが見られたわけです。
Q.その第2の類型の裁判で,労働基準法上の労働時間該当性というのは判断されているんですか。
判断されていないというふうに見ることができると思います。ただい ま申し上げましたようにこれらの第2類型における裁判というのは, 37条に基づく超勤手当の請求権の有無というものを争っています。それゆえそれ自体は,労基法32条に基づいて当該業務が労働時間に該当するかどうかというものについての法律判断を行ったものではないと見ることができるかと思います。
Q.そうすると,本件訴訟において,裁判所はどのような点を真正面から判断しなければいけないんですか。
まずは,超勤手当が支給される必要があるかどうかという,先ほど申し上げた第2類型の例外的な場合に当たるかどうかではなく,その前 に実際に原告が行った業務というのが労基法上の労働時間,すなわち 労基法32条に基づく労働時間に該当するのか否かということについ て,正面から御判断をいただきたいというのが今回の意見書の趣旨となっております。
Q.あなたは,研究者として,教員の勤務実態については把握されていますか。
私自身が具体的に自身の統計調査であるとか,社会調査等を行ってい るわけではありませんけれども,2016年に文部科学省の委託事業として行われました勤務実態調査, これについては把握しております。
Q.その調査だと,教員の働き方というのは、どのような問題があるというふうに指摘されていますか。
この2016年調査によりますと,小学校教員で週当たりの勤務時間というのが57時間を超えている,中学校教員では週当たり63時間を超えております。すなわち月当たりの時間外勤務というのが中学校教員で平均で93時間,小学校教員で70時間近くに至っているということが示されています。この統計では,厚生労働省が過労死ライン としている月当たり80時間の時間外勤務というものを超える教員というのが中学校で約6割,小学校でも3割を超えているという実態が
示されております。
Q.あなたは、埼玉大学の教育学部の教員としても教員を目指す学生たちと身近 に接する立場でよろしいですね。
はい、間違いありません。
Q.本日も傍聴席に教え子等来ているのかもしれませんが,そのように身近に接しながら,今おっしゃられた教員の働き方の問題について,あなたはどのよ うに感じていらっしゃいますか。
私自身教員養成学部の教員となっておりまして,私ども教員養成学部においては,卒業した学生たちを学校現場に送り出すということが至上命題とされています。しかしながら,学校が今ブラックだというふうに言われ,また過労死ラインを大きく超える先生たちの働き方がある中で,私自身の教え子を学校現場に送っていいものかということに ついて,常に矛盾を抱えながら現在の職務に当たっているということがありました。それゆえ学校現場に過酷な状況で働いている先生たちの状況を変えていただきたいというのが一大学教員として思うところであります。この訴訟というのもそのような学校の先生方の働き方を改善する一助となる,そういう訴訟なのではないかというふうに考えているところです。
Q.実際にあなたは,身近に教員を目指す学生と接せられて,教員を志望する学生というのはあなたの感覚では増えているんですか,減っているんですか。
非常に少なくなっております。そもそも私ども埼玉大学教育学部に志 願する学生というのが非常に少なくなっているということ,それから 私どもの学部を卒業しても教員というものを目指さない学生が多くな っているということがあります。私からすれば非常に優秀で,教員と しての資質を持つ学生であると思う学生が学校現場を回避する,その ような状況というのは、子供たちにとっても,あるいは日本の教育の 未来にとっても決してよからぬことかというふうに考えているところ です。この状況というのは,非常に私は深刻に受け止めているところです。
Q.教員の働き過ぎの問題が解消されることによって,日本の社会への影響というのはどのようにお考えですか。
1つは,この日本社会からただ働きを許す法制度というものをなくす ということが一つ大きなポイントとしてあるのではないかというふう に考えています。それから,学校の先生方が過労死寸前で働いている という状況というのは,子供たち一人一人に目を配るような教育とい うものを不能にしているというふうに考えています。私自身小学校に 通う子供がいるわけですけれども,学校の先生があまりにも忙しくて, 子供について相談することもはばかられる,そして子供たちも先生方 に遠慮して率直に相談をしたいとか、分からなかったことを教えても らうということができない状況になっている,これらを改善するような推進力というものがこの訴訟にはあるのではないかというふうに私自身は考えているところです。
牧野裁判官からの尋問
Q.先ほどお話の中で平成23年7月12日の最高裁判決,京都の訴訟ですけれども,こちらの話が出まして,こちらと本件に関しては,判断すべきところ が少し違うというふうなお話があったので,そこについてちょっと御確認をさせていただきたいと思います。京都の事件というのは、先ほどの御証言ですと,給特法に反する明示又は黙示の職務命令の有無というものがあって, 明示的にも黙示的にもそういった職務命令というものはなかったというふう に判断されたということでよろしいですか。
はい, さようです。
Q.もう一方の話ですと,今回の事件では労基法32条の労働時間該当性という ふうなものが問題となっているというふうな話で,労基法32条の労働時間 に該当するかどうかというのは,要は労働させると言えるかどうかというと ころが問題となるというふうなお話でしたね。
はい,そのとおりです。
Q.証人の御理解ですと,この平成23年の京都の事件の判決が判断しているこ の明示ないし黙示の職務命令の有無というふうな話よりも,労基法32条の 労働させるというふうなほうの概念のほうが広いんだというふうな御理解で よろしいんですか。
そのとおりです。労基法32条に基づく労働時間に該当するかどうか というのは,必ずしも時間外勤務命令があったかどうかですとか,京都事件で問われたような職務命令があったかどうかということが判断基準になるわけではありません。実際最高裁ですとか,下級審においてもより広い実態を元にして労働時間に該当するかどうかということが判断されておりますので,今おっしゃっていただいたようにより広い概念,枠組みで労働時間該当性というものを判断しているというふうに見ることができると考えております。
Q.そういう意味で,今回とは少し違うというか,結論が異なる可能性もあるのではないかというふうなお話をされたということですか。
はい。そもそも争点が違うということです。要は給特法違反に該当す るような時間外勤務命令があったのか,違法性があったのかというの を問うというのが京都事件,それに対して今回は労基法32条に該当 する労働時間というものに当たる業務があったのかどうか,その業務 をさせたことの違法性が問われているという点で,大きく論点が違うということを申し上げた次第です。
Q.それから,もう一個ちょっと伺っておきたいんですけれども,今度給特法の 制定趣旨の話で,先ほどのお話ですと,もともとの文部省などの議論におい ては,教員の労働時間規制に関しては,量ではなくて内容的な部分で歯止め をかけることによってというふうなお話で,超勤4項目以外の時間外勤務に 関しては,基本的には時間外勤務命令をしないというふうな感じの整理がさ れたというふうに御証言をされていたかと思うんですけれども,これ他方で被告からも指摘されているところなんですけれども,現在の教職調整額の金額というのは,昭和41年でしたかね,の当時の教員の時間外労働の状況の調査によって決まって,その時間外労働の調査の中には要はいわゆる超勤4項目以外の業務だけではなくて,ほかの事務的な業務も含まれる超過勤務の量が基準になっているじゃないかというふうな反論がされているところかと思うんですけど,こういったこの教職調整額の金額の決定のプロセスというのと今御説明された趣旨,超勤4項目以外の時間外勤務命令は想定されていないというふうなところの趣旨との関係性について,証人のお考えを聞かせていただければと思います。
1つは,確かに1966年,昭和41年のときの教員勤務実態調査においては,月当たりの時間外勤務を月給に換算した場合何パーセントになるのかという調査が行われていまして,その中には超勤4項目以外の事務等も含めた時間というものを調査しているというのは事実です。しかしながら、この調査の内容というものがそのまま4パーセントを意味しているのだから,この教職調整額 4パーセントの対象には これらの超勤4項目以外の事務も入っているんだというのは,法律の 形式からしても一つ成り立たないというのが第一の点です。それから, もう一つはこの4パーセントというのが決まるまでというのは、この調査は確かに参考基準にはなっておりますけれども、かなりの政治折衝というのがされていまして,当初は8パーセントでやりましょうと いうことが言われていて,当時の大蔵省との調整によって4パーセントということが決まったということがありますので,必ずしもこの実 態調査というものがストレートに4パーセントという額を決定したわ けではないというような立法過程の事実もございます。それから,さ らに申し上げますと,確かに小学校,中学校,高校の調査を行って, 小中高の平均では給料月額に換算すると3.8パーセントということ で4パーセントと符合するところがあるかもしれませんが,中学校の 調査に関しては6.2パーセント必要だということがもうこの調査の中で言われていたということなんです。それゆえ当時においてもこれを4パーセントにおさめるというときにどうやって限定をかけるのか ということが国会の中でも問題となっていて,それゆえ内容的にこれ を限定するのだということが言われたということですので,4パーセントというのに調査のときに超勤4項目以外も入っていたから,現在 の教職調整額がそれも対象としているんだというのは,立法事実から見てもそれは適切ではないというふうに私は考えております。
裁判長からの尋問
Q.大変分かりやすい説明をしていただき,ありがとうございました。労働法の下では,使用者は適切に労働者の労働時間を管理して,それに対して労働者が提供する労務に対して適正な賃金を支払うというのが基本だということで,先生のお考えというのは,そこの基本に立ち返ってこの問題を考えるべきだということになるわけですか。
はい,まさにそのとおりでして,やっぱり働かせた以上,それをただ 働きにさせてはいけないという労働というものの根本というものをもう一度問い直していただきたいというのが趣旨となっております。
Q.労働時間の判断に当たっては,近年有力だと言われている相補的2要件説と いうことで,使用者の関与と職務性,この2つの基準を当てはめて考えてい くべきだと,そういう御主張だと思うんですけども,従前の指揮命令という 基準からすると,関与となるとかなり広くなってしまって,どこまでが関与と言えるのかという判断がなかなか難しくなってしまうんですけども,その辺りはどういうふうに処理すればいいんでしょうか。
相補2要件説は,あくまでこれを関与というふうに言っているわけで すけれども,これは指揮命令説というもののある種の発展的な解釈で あるというふうに捉えられています。最高裁におきましては,職務を命じられた場合あるいは余儀なくされた場合ということが最高裁の基準としてされていますけれども,これをどう評価するのかということについて,労働法学では一定の見解の違いがあるわけですけれども, 近年の見解では,この最高裁が示している基準というのは、形式的には指揮命令説,しかし実質的には相補的2要件説を採用しているんだということが言われております。その意味で,関与要件というのも指揮命令説とは全く違うということを示しているわけではなくて, あく まで職務性,その不可欠な職務に関わっていたということをもう少し重視するべきではないか,指揮命令があったどうかということだけで 労働時間に該当するかどうかというものを判断すべきではないという観点から示されている学説ですので,私はこれが非常に適切な労働時間該当性基準になるんだというふうに考えている次第です。
Q.あと,職務性という見地からすると,一般の事業者でしたら仕事の範囲とい うのがある程度明確になると思うんですけども,教員のお仕事というのはむしろ無限定,児童生徒さんに対しての教育的な働きかけというか,健全な育 成を図るための全人格的な働きかけをするという意味では,いろいろもう無限定であるので,そこの線引きもなかなか難しいのがあって, その2つをかけ合わせると,この判断というのは,なかなか当てはめるとなると難しい問題かなというふうに思っているんですが,その辺りはどうお考えでしょうか。
おっしゃるとおりだというふうに思います。やはり子供に関わるということでは、ある意味でのエンドレスというか,無限定的な業務にな りがちであるというのが教員という職務ですけれども,少なくとも今回のケースで申し上げますと,使用者側もこれは不可欠な業務だというふうに認めているものについては,これは労働時間による業務であ るというふうに見るべきだろうというのが私の見解です。その意味で, 被告準備書面のほうにお出しいただいているような業務の列挙によってこれらが教員の本来の職務であるとか,不可欠な職務であるというふうに示されている点,少なくともこれについては、実際に労働時間を当てて行われた業務であるというふうに見るべきだというのが私の観点になっております。
★まとめ
以上が、高橋哲先生への尋問でした。最後の校長編と続きます。