【高裁】埼玉教員超勤訴訟、棄却判決の要旨をまとめた

8月25日、東京高裁にて埼玉教員超勤裁判の判決が行われました。

結果からいうと、残念ながら棄却でした。

教員に残業代が支給されないのは労働基準法違反だとして、埼玉県の公立小学校の男性教員(63)が、県に未払い賃金約240万円を求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁(矢尾渉裁判長)は25日、教員側の控訴を棄却した。1審・さいたま地裁判決(2021年10月)と同様に、公立学校の教員は労基法に基づく残業代の請求はできないと判断した。

公立校教員の残業代訴訟、控訴審も原告の請求認めず(毎日新聞)

原告の田中先生より、判決文(埼玉教員超勤訴訟・田中まさおのサイト)が公開されましたので、全文読む余裕がない方に向けて重要と思われる部分のみを抜粋して整理しました。

◆裁判の概要

本訴訟は、原告先生が労働基準法32条(※1)の定める労働時間を超えて労働させられたことについて、国家賠償法上違法であると主張し、時間外割増賃金を請求する訴訟です。

※1 労基法32条は、「使用者は労働者に一日について八時間を超えて労働 させてはならない」という法律。

一審、さいたま地裁では、原告の請求を棄却。これを不服として高裁に控訴していました。

地裁判決については、こちらの記事↓↓にまとめてあります。

関連記事:【地裁】埼玉教員超勤訴訟、棄却判決の要旨をまとめた

なお、訴訟なのでお金を請求するという形になっていますが、お金が目的なのではなく、残業代の発生が残業時間の抑止になるという考えで告訴しているそうです。

◆判決の概要

判決は地裁同様、原告の請求が棄却されました。

そのうえで裁判長は「自発的なものと、校長の命令に基づくものがこん然一体となっている」「繁忙期が常態化していたともいえない」と、次のように述べています。

東京高等裁判所の矢尾渉裁判長は「教員の業務は自発的なものと、校長の命令に基づくものがこん然一体となっているため、一般の労働者と同様の賃金制度はなじまない」と指摘しました。

そのうえで「校長が授業の進め方などについて、具体的な指示をしたことはなく、学期末などの繁忙期には法定の労働時間を超過しているが、その状況が常態化していたともいえない」として、無制限の時間外労働を防止する法律の趣旨にも反しないと判断し、1審に続いて訴えを退けました。

NHK『公立小学校教員の残業代訴訟 2審も原告の訴え退ける 東京高裁』

◆判決文より抜粋

以下、判決文より重要と思われる箇所について、抜粋しました。

基本的には地裁判決を支持・踏襲する内容でしたが、地裁判決から変更・追加する点がありましたので、地裁判決との比較で整理しました。

<争点>労基法37条(※2)の適用有無について

※2 労基法第37条とは、労働者が法定労働時間を超えて働いたときに「割増賃金」を払わねばならないとする条文

地裁判決 高裁判決
所定の正規の勤務時間を超えた部分を時間的に計測し、これに基づいて超過勤務手当を支払うという制度はなじまないと考えること すべての勤務時間、ことに一応の所定の正規の勤務時間を超えた部分について、これを時間的に計測するという面も含め、その勤務について厳格な時間的管理を行うことをそのまま前提にはできず、勤務時間を超えた時間という時間的な計測に基づいて支払われる超過勤務手当の制度はなじまないという結論に達したこと
夏休み等の長期休業期間は授業に従事することがないという勤務形態の特殊性がある 授業に従事することがないこと、同じ勤務時間の中でも、授業時間は勤務の密度が非常に高いが、これに比べると、それ以外の時間の勤務の密度は高くないことなどの勤務態様の特殊性がある
労働の対価という趣旨を含め、時間外での職務活動を包括的に評価した結果として~ それが上記のとおり校長の指揮命令に基づく業務の遂行(労基法のいう「労働時間」に当たるもの)と混然一体となって行われることがあり得ることを想定し、正規の勤務時間や法定労働時間の内外を問わず、これらの職務活動や労働提供を包括的に評価したことの対価として~
無定量な時間外勤務 無定量な時間外勤務、ひいては時間外労働
職務の特殊性 職務と勤務態様の特殊性
勤務時間の内外を問わずその職務を包括的に評価した結果 正規の勤務時間の内外を問わずその勤務の全体を包括的に一体的に評価した結果

<争点>時間外労働と国賠法上の違法性の有無について

地裁判決 高裁判決
原告が自主的かつ自律的に行った業務については、校長の指揮命令に基づいて行ったとはいえず、これに従事した時間は労働時間に当たらないことになる。そうすると、原告の在校時間すべてを直ちに労働時間に当たるということはできないので、原告の労働時間を算出するために、原告の行った業務のうち、~(校長の指揮命令に基づいて従事した部分を特定する必要がある。) 給特法の適用を有効に受けている控訴人を含む教員について、その正規の勤務時間ないし 法定労働時間の内外を問わずにその勤務ないし労働の全体を包括的に一体的に評価して定率の教職調整額を支給することによって労基法37条所定の時間外割増賃金の制度の適用を排除するという給特法の立法趣旨を考慮すれば、 同条を適用するために同法32条所定の労働時間を定量的に算定するという割増賃金請求の場合とは異なり、前記の判断基準による国賠法上の本件校長の故意・過失ないし違法性の有無の判断の場合においては、正規の勤務時間内であるからといって、直ちに本件校長の指揮命令ないし指揮監督の下にある労働時間であるとして算定することは相当ではない。したがって、控訴人の在校時間のすべてを直ちに労働時間に当たるとして算定することはできないので、上記判断のために控訴人の労働時間を算定するためには、控訴人の行った業務のうち、実際に~
(賃金請求権について) 控訴人は、労基法所定の労働時間については労働の対価である賃金相当額の経済的損害が生じている旨を主張する。しかし、労基法上の労働時間であるからといって、当然に労働契約等所定の賃金請求権が発生するものではないと解されるところ、給特法の適用を受ける控訴人を含む教員の場合には、上記給特法の明文の規定及びその立法経緯及び立法の趣旨からすれば、直ちに賃金相当の損害金が生ずるものとはいえないと解される。
(ドリルの採点等について) ドリルの活用方法、その内容のチェックの方法、チェック作業の密度、時間等については、各教員の工夫や自発的で自立的な判断に委ねられていることが認められる

◆まとめ

原告の田中先生は、判決後のツイートで「地裁判決よりも後退した」とおっしゃっていました。

今回、判決文の要旨をまとめ、その意味が分かりました。

なかでも、「原告の在校時間すべてを直ちに労働時間に当たるということはできない」が、「正規の勤務時間内であるからといって、直ちに本件校長の指揮命令ないし指揮監督の下にある労働時間であるとして算定することは相当ではない」という判決文の変更は驚きです。

自主的なのは勤務時間外だけではない=教員の労働は勤務時間内であっても校長の指揮命令下とは限らない=自主的な業務が多数あり

という解釈は、職員会議や指導要領に基づいて業務内容が定められている実情からは、個人的には理解に苦しむ解釈です。

以上、高裁の棄却判決の要旨でした。

コメント

  1. 今井正 より:

    それでも、職務内容が明確にされた点で、役に立ちます。