#陰湿職員室文学 初任者編

昔々ある小学校に2人の初任者がいました。2人の性格は真逆でした。

一人は“繊細”な性格でした。今風にいえばHSP(Hi Sensitive People)といったところでしょうか。良くも悪くも考えすぎてしまうのです。なお、好きなスポーツはサッカー、好きなタレントは広瀬アリスでした。

もう一人は、“鈍感”の性格の持ち主でした。鈍感というと聞こえが悪いかもしれませんが、当時は「鈍感力」という書籍がベストセラーになるなど無思考が持ち上げられていました。実際、理不尽なクレームなど教職には気にしすぎない鈍感力が必要であり、この力は仕事をしていくうえで役立ちました。なお、好きなスポーツは野球、好きなタレントは広瀬すずでした。

さて、この2人、仕事に対する優先順位の立て方も違いました。

“敏感”先生は何よりも授業や学級経営を大切にしました。その敏感さゆえ、子どもたちへの共感力が高かったからです。勉強やコミュニケーションが苦手な子たちに寄り添う指導を心情としていました。SDGSなどという横文字のスローガンが登場する前から「一人も取りこぼさない」ことを実践していました。

一方、“鈍感”先生は、教室よりも職員室を優先して仕事を進めるようになりました。

仕事を始めて研究授業や授業参観以外で良い授業をしても大人には評価されることがないと早々に気付いたからです。鈍感ですから子どもや保護者にどう思われようがあまり気になりません。ですから、自らのキャリアのために職員室からの評価を最優先にして働くようになりました。

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そうこうしているうちにあっという間に3年が経ちました。彼らはもう初任者ではありません。

“鈍感”先生は体育主任になっていました。お願いされた仕事や飲み会の誘いは一切断りません。毎日夜中まで残業です。また、他の教員が首をかしげるような上からの無理難題にも嫌なそぶりを見せず積極的に取り組みました。そのような姿勢が校長より評価されました。

感染症が流行し、働き方改革が進んだ令和には信じられないかもしれませんが、学校に限らず、長時間労働する者が評価されるような社会だったのです。

そのような時代の風潮もあり、“鈍感”先生は365日24時間教員であることに疑問を抱いたことはありませんでした。それは、学生時代やの野球部での経験から上からの指示に従うことが善であり、自ら思考することは悪とされた環境にあったからかもしれません。

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職員室での評価は“鈍感”先生が上でしたが、児童や保護者からの評価では“敏感”先生が上回っていました。授業力、学級経営力において、初任からの3年間で差がついていたのです。

“鈍感”先生が校内研究や授業参観以外は教科書を機械的にこなす(理解していない子どもがいても容赦なく先に進む。職員室で頼まれた仕事を全受けするためにはそうする他ない)ことだけを考えて授業をしていたのに対して、“敏感”先生は毎日トライアンドエラー、定時退勤後は自宅で教育本を読み自己研鑽を続けていたからです。“敏感”先生のそのような姿は、学生時代のサッカー部での経験があったかもしれません。サッカーでは自分で思考することの大切さを繰り返し叩き込まれたからです。

とはいえ、鈍感先生のクラスが学級崩壊していた等というわけではありません。確かに授業や学級経営はあまり上手ではありませんでしたが、その自覚があったので肝は押さえていました。その肝とは、ウルサイ保護者にペコペコすることです。時にはそのような保護者の子どもを特別扱いをすることもありました。これが円滑に1年を終わらす最良のやり方と考えていました。実際、円滑に終わらすことができたし、職員室や管理職からは良い授業をするよりも、保護者からのクレームという問題を起こさない方が評価されることを知っていました。保護者からのクレームはその内容ではなく、クレームが入るかどうかが評価に関わるのです。それが正しいかどうかは別にして。

そういうわけで、“鈍感”先生は職場からの評価、“敏感”先生は児童や保護者からの評価が上がり、それぞれに充実した教員生活を送っていました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~時の流れは残酷です。10年が経ちました。

2人は30台に突入していました。2人とも結婚をし、今では家庭を築いています。“敏感”先生は広瀬アリスのような性格の女性と、“鈍感”先生は広瀬すずのような性格と結婚しました。広瀬アリスとは別の仕事、広瀬すずとは職場結婚でした。在校時間の長さから考えれば当然の帰結なのかもしれません。

“鈍感”先生は体育主任の後、生活指導主任を歴任し、次は教務主任、教頭を目指します。

“敏感”先生はというと、何と、学校を退職していました…。

何故でしょうか。あんなに熱心な先生だったのに。