2000年、校長のリーダーシップを活かした学校経営を目指すという名目により、学校教育法が改正され、職員会議が校長の諮問機関に変わりました。そして、それまで行われていた職員同士の「多数決」での決定が禁止されるようになりました。校長一人に、決定権限が与えられるようになったのです。
法改正から20年以上、経ちました。この改正により学校はどう変わったのでしょうか。
具体的な話でみていきましょう。
多数の職員の意見<校長一人の意見
恐縮ながら、私個人の経験をお話します。
ある年、私は校庭が狭くて持久走大会を川辺で開催している小学校に勤務していました。その年の持久走大会は、毎年それまで使わせて貰っていたトイレが諸事情で使用NGとなりました。
トイレが使えない…どうしよう、今年の開催は無理ではないか、体育部の教員から校長に進言がなされました。
しかし、校長は「毎年開催している、実施は学校経営計画にも記載している、中止は保護者にも教育委員会にも説明できない」ということで、開催しろの一点張りです。
しかし、トイレはない。探してもない。簡易トイレの設置という方法もあるようですが、この時そのアイディアは出ませんでした。
結局、(驚くことに)1時間で学校に帰ってこれるので、出発時に念を押し、トイレに行かせれば大丈夫という結論のもとに“トイレなし”で開催することが決定されました。
…しかし持久走大会、当日。
案の定、1年生の女子児童が「トイレに行きたい」と。1年生の膀胱は大人のものより小さいのです。教員たちはてんやわんや。女児なので川に向かって放水するわけにもいかず、徒歩10分以上かかる学校のトイレにダッシュで戻ることに。しかし…途中で失禁してしまいます。女子児童にとってはトラウマになってしまったかもしれません。
一人が物事を決めることの危うさ
これがこの20年、職員会議での「多数決」を廃止し、校長に権限を集中させた結果です。教員たちは、トイレなしの開催は無理だと校長に意見していたのです。
しかし、多数の職員の意見より、校長一人の独断が優先されるのが20年前の法改正です。
言うまでもなく、一人が物事を決めることには危うさがあります。だからこそ我々の社会は専制主義を脱却して民主主義を推し進めてきたはずなのです。
それなのに、職員室という社会では法改正により校長一人に決定権限を与えたのです。
もちろん職員間で意見が真っ二つに割れた場合には、最後に校長が決めるのは責任者として不適切ではないでしょう。
しかし、多数の職員が反対しているにもかかわらず、校長一人の決定が重んじられるような現状はおかしいと私は思います。
私は、現在の学校で起きている問題の多くが、この「校長一人で決めている」ことが原因だと考えています。教員の働き方においてもそうです。
職員会議に「多数決」を戻すべきなのです。