
日本の公立学校教員は、長時間働いても、その時間に応じた残業代が原則として支給されません。
この仕組みを定めているのが、いわゆる「給特法」です。
長年問題となってきた教員の長時間労働と給特法について、国際機関から日本政府に改善を求める勧告が出されていることをご存じでしょうか。
2023年9月、全日本教職員組合(全教)は、教員の長時間労働や給特法の問題について、ILOとユネスコが設置する専門家委員会「CEART」に申立てを行いました。
これを受けてCEARTは、2025年2月13日に公表された報告書で、日本政府に対して、時間外労働の削減や、所定労働時間を超える労働に適切な報酬を支払う透明な制度の整備などを求めました。
しかし、その後2025年6月に成立した給特法改正法でも、教員に時間外勤務手当を原則として支給しない仕組みは維持されています。
今回の勧告にはどのような意味があるのでしょうか。
この記事では、全教の申立て、文部科学省の見解、CEARTの判断、2025年の給特法改正との関係について、ILOの最終報告書などの一次資料をもとに詳しく解説します。
CEARTとは?教員の労働条件を検討する国際専門家委員会
CEARTとは、正式には「ILO・ユネスコ教員の地位勧告適用合同専門家委員会」と呼ばれる組織です。
ILO(国際労働機関)とユネスコ(国連教育科学文化機関)が、教員の地位や労働条件に関する国際勧告の実施状況を検討するために設けた専門家委員会です。
CEARTが重視する国際基準の一つが、1966年10月5日に採択された「教員の地位に関する勧告」です。
この勧告は、教員の給与だけでなく、勤務時間、授業負担、学級規模、教員団体との交渉、雇用の安定など、幅広い問題を対象としています。
つまり、教員が教育活動に専念できる労働環境をどのように確保すべきかについて、国際的な原則を示したものです。
CEARTは各国の実施状況を調査し、必要に応じて改善を求めます。教員団体からの申立ても審査対象になります。
なお、CEARTは裁判所ではありません。その勧告自体に、日本の法律を無効にしたり、政府に法改正を強制したりする法的拘束力はありません。
しかし、各国が教員の労働条件を改善する際の国際的な基準として重要な役割を持っています。
2023年、全教がCEARTに給特法と長時間労働の問題を申し立てた
2023年9月、全教はCEARTに対し、「日本における教員の長時間過密労働問題」と題する申立てを行いました。
申立ての中心となったのは、次の問題です。
- 給特法によって時間外勤務手当が原則として支給されないこと
- 教員の長時間労働が常態化していること
- 授業準備や部活動などの業務が勤務時間内に収まっていないこと
- 教員不足によって、在職教員の負担が増大していること
- 勤務条件の決定に教職員組合が十分参加できていないこと
- 産休・育休などの代替教員不足が勤務環境に影響していること
全教は、こうした状況が1966年の「教員の地位に関する勧告」の趣旨に沿っていないと主張しました。
給特法の4%の教職調整額が問題となった
当時の給特法では、公立学校の教員には給料月額の4%が「教職調整額」として支給されていました。
その一方で、労働基準法37条に定められた時間外・休日勤務の割増賃金に関する規定は、給特法の対象教員には適用されません。
そのため、教員が勤務時間を超えて働いても、その時間数に応じた時間外勤務手当は原則として支給されない仕組みになっています。
文部科学省は、教員の仕事には自主性や創造性があるため、勤務時間の内外を通じて職務を包括的に評価する教職調整額が設けられていると説明しています。
一方、全教は、実際の長時間労働に見合った報酬が支給されず、労働時間の削減にもつながっていないと問題視しました。
教職調整額を支払う制度と、実際に働いた時間に応じた報酬を保障する制度は、同じではありません。
この違いが、今回のCEART審査における大きな争点となりました。
全教の調査では月平均96時間を超える時間外勤務
全教が申立てで示した2022年の独自調査では、教員の時間外勤務について次の結果が報告されています。
- 月平均の時間外勤務:96時間10分
- 月80時間を超える割合:56.4%
- 月45時間以内の割合:14.5%
これらは全教の調査に回答した教員に関する数値であり、全国の教員全体の平均値と同じものではありません。
一方、文部科学省の2022年度調査でも、月平均の時間外在校等時間は、小学校で約41時間、中学校で約58時間と推計されていました。
両者では調査対象や時間の把握方法が異なりますが、CEARTは文科省側の数値についても、教員の勤務時間として依然として長いと指摘しています。
1966年の「教員の地位に関する勧告」は何を定めているのか
全教が申立ての根拠とした1966年勧告には、日本の学校現場を考えるうえで重要な規定があります。
第82項:給与や勤務条件は教員団体との交渉で決定する
第82項では、教員の給与と勤務条件を、教員団体と使用者との交渉によって決定するという原則が示されています。
教員の働き方や給与制度を見直す際には、教員団体が実質的に協議に参加することが重要だという考え方です。
第89項:勤務時間は教員団体と協議して定める
第89項は、教員の1日および1週間の勤務時間について、教員団体との協議を求めています。
勤務時間がどのように決められ、その中に必要な教育活動が収まるのかという問題に関係する規定です。
第90項:授業準備や保護者対応の時間も考慮する
第90項では、授業時間を定める際に考慮すべき勤務負担として、授業準備、成績評価、課外活動、児童生徒への相談対応、保護者との相談などを挙げています。
これは非常に重要です。
教員の仕事は、教室で授業をしている時間だけではありません。
授業を行うためには教材研究や準備が必要です。児童生徒の評価や保護者への対応にも時間が必要です。
授業時間だけを確保し、その準備や後処理に必要な時間を勤務時間内に確保しなければ、結果として時間外労働が発生します。
第90項は、こうした教育活動全体の負担を考慮するという考え方を示しています。
第92・93項:課外活動や追加の職務で過重な負担を生じさせない
第92項では、課外活動への参加が過度の負担となり、教員の主たる職務を妨げてはならないとしています。
また、第93項では、授業以外に特別な教育上の責任を負う教員について、通常の授業時間を相応に減らすことを求めています。
これらの規定は、部活動や校務分掌などを考えるうえでも重要です。
1966年勧告の原文と日本語仮訳は、文部科学省の公式サイトで確認できます。
文部科学省はCEARTへの申立てにどう回答したのか
全教の申立てを受け、文部科学省は2024年4月に政府側の見解を提出しました。
文科省は、教員の職務には自主性や創造性という特性があり、教職調整額は勤務時間内外の職務を包括的に評価するものだと説明しました。
また、長時間労働についても、勤務時間管理の指針や学校における働き方改革などによって改善を進めていると主張しています。
教職員組合との協議については、全教との意見交換や、中央教育審議会における関係団体からの意見聴取を行ってきたと説明しました。
これに対して全教は、意見交換が行われていても、長時間労働や給特法の根本的な問題について十分な協議が行われていないと反論しました。
さらに、持ち帰り仕事が勤務時間管理に十分反映されていないという問題も指摘しています。
こうして、政府と全教の双方の説明を踏まえ、CEARTで審査が行われました。
CEARTは日本の教員の長時間労働をどう判断したのか
CEARTは2024年9月の第15期会合でこの問題を審査し、2025年2月13日に公表された最終報告書で判断を示しました。
日本の案件は、最終報告書の第121項から第165項にまとめられています。
特に注目したいのは、第151項、第155項、第161項、第164項です。
① 教職調整額制度が長時間労働を助長する可能性を指摘
第151項では、教員の職務が自主性や創造性を必要とする専門的な仕事であることを認めています。
そのうえで、長時間労働を給与調整制度に組み込むことによって、勤務時間が十分に管理されず、適切な報酬も支払われないまま過度な長時間労働につながる可能性があると指摘しました。
ただし、CEARTは、時間外労働への対応として必ず一般的な残業代制度を採用しなければならない、と述べたわけではありません。
問題にしているのは、実際の勤務時間が適切に管理され、その労働に見合う公平な補償が確保されているかどうかです。
② 授業準備や部活動は通常の勤務時間に含めるべき
第155項では、授業準備、部活動や校外活動、児童生徒への相談、保護者との面談などについて、通常の勤務時間の一部として位置づけるべきだという考え方が示されました。
これは日本の学校現場にとって、特に重要な指摘です。
授業準備や保護者対応などは、教育活動を行ううえで必要な仕事です。
それにもかかわらず、授業や校内業務に追われ、これらの仕事が勤務時間終了後に回されることがあります。
CEARTは、必要な業務量が所定勤務時間内に収まらないのであれば、勤務時間の上限を設定するだけでは十分な効果が得られないとも指摘しています。
つまり、勤務時間の管理と同時に、教員が担う業務量そのものを適正にする必要があるということです。
③ 月45時間という時間外勤務の水準も問題視
第161項では、日本の勤務時間管理指針における月45時間の時間外勤務について、通常の勤務時間の約29%に相当すると指摘しました。
さらに、時間外労働の実態を定期的に把握し、教職調整額との関係を検証する仕組みの重要性にも言及しています。
持ち帰り仕事を含めた勤務時間の把握も提案されました。
教員が実際に何時間働いているのかが正確に把握されていなければ、労働時間を削減したかどうかも正確には判断できません。
また、勤務時間と報酬の関係が明らかでなければ、適切な補償が行われているかどうかも検証できません。
CEARTが日本政府に求めた6項目の勧告
CEARTの最終報告書第164項では、ILO理事会とユネスコ執行委員会が日本政府に対して次の措置を促すよう求めています。
- CEARTとの協力を継続すること
今回の問題について、引き続きCEARTとの対話や情報提供を行う。 - 長時間労働の削減と適切な報酬制度を整備すること
教員団体などとの社会的対話を通じて時間外労働を減らし、所定勤務時間を超える労働に対して適切な報酬を保障する透明な仕組みを構築する。 - 勤務時間管理などの具体的な改善策を検討すること
報告書で示された勤務時間の把握、業務量の削減、公平な補償などの提案を検討する。 - 母性保護を強化し、関連するハラスメントをなくすこと
産休などの権利を安心して行使できる環境整備を進める。 - 学校に十分な教職員を配置すること
教員が教育活動に必要な時間を確保できるよう、学校の人員配置を充実させる。 - 教員組合の政策協議への参加を保障すること
勤務条件を含む教育政策について、代表的な教員組合が社会的対話に参加できるようにする。
この中で、給特法との関係で特に重要なのは2番目です。
CEARTは、時間外労働を削減することと、所定勤務時間を超えた労働に適切な報酬を支払うことを、両方とも求めています。
また、給料だけを改善すればよいという内容ではありません。教員の業務量や配置人数、教員団体との協議まで含めた総合的な改善が求められています。
最終報告書の英語原文は、ILO公式のCEART第15期最終報告書(PDF)で確認できます。
2025年の給特法改正はCEART勧告に対応しているのか
CEART報告書が公表された後、2025年6月11日には給特法等の改正法が成立しました。
主な内容は次のとおりです。
- 教職調整額を従来の4%から段階的に10%へ引き上げる
- 2026年1月から教職調整額を5%とし、その後も段階的に引き上げる
- 学校の業務量管理や働き方改革に関する取組を強化する
- 主務教諭という新しい職を設ける
- 2029年度までに時間外在校等時間を全国平均で月30時間程度へ削減する目標を掲げる
文部科学省は、こうした制度改正について、教員の処遇改善や働き方改革を進めるものだと説明しています。
教職調整額の引上げは、教員の給与改善という意味では制度上の大きな変更です。
また、改正法では授業時数の削減、教職員定数の見直し、支援人材の増員など、長時間労働を減らすための措置も位置づけられました。
しかし、時間外勤務手当の原則不支給は維持された
一方で、今回の給特法改正では、教員の時間外勤務に応じて割増賃金を支給する制度への全面的な転換は行われませんでした。
教職調整額の率は引き上げられましたが、時間外勤務手当の原則不支給という基本的な仕組みは引き続き維持されています。
ここで、CEART勧告との関係が問題になります。
CEARTは、必ずしも一般的な残業代制度だけを唯一の解決策としたわけではありません。
しかし、教員の時間外労働を適切に把握し、実際の勤務時間や負担に見合った公平で透明な報酬制度を整備することを求めています。
そのため、教職調整額の率を引き上げただけで、CEARTが指摘した問題がすべて解決したとはいえません。
実際の勤務時間と教職調整額の関係がどのように検証されるのか、長時間労働がどれだけ減少するのかが重要になります。
なお、CEARTが2025年の改正法そのものを審査し、国際勧告に適合しているかどうかについて最終判断を下したということではありません。
給特法の廃止や存続をめぐる議論については、当ブログの「給特法廃止、賛否の議論をまとめてみた」でも取り上げています。
CEARTの勧告に法的拘束力はあるのか
ここで注意しておきたいのは、CEARTの勧告の法的な位置づけです。
CEARTの勧告は、日本の裁判所の判決とは異なります。
そのため、今回の報告書によって給特法が無効になったわけでも、全国の教員に直ちに未払い残業代の請求権が発生するわけでもありません。
また、CEARTが給特法について、法的な意味で違法判決を下したわけでもありません。
ただし、法的拘束力がないことと、内容に意味がないことは別です。
CEARTは、1966年勧告に法的拘束力がないとしても、国際的な基準として重要な道義的影響力があり、加盟国にはその実現に向けた努力が期待されると述べています。
給特法や教員の労働条件について議論する際に、今回の報告書は重要な国際的資料となります。
教員の時間外勤務に関する国内裁判については、当ブログの「埼玉教員超勤訴訟・高裁判決を解説」でも取り上げています。
2027年に再び日本政府の対応が問われる
CEART最終報告書の第165項では、日本政府と全教に対し、2027年の次回会合より前に、今回の問題について講じた措置を報告するよう求めています。
つまり、2025年の勧告で審査が完全に終わったわけではありません。
2025年の給特法改正後、日本政府がどのような改善を実施し、教員の長時間労働や人員不足をどの程度改善できたのかが、今後の重要な検討対象になります。
特に注目したいのは、次の点です。
- 時間外在校等時間が実際に減少しているか
- 持ち帰り仕事も含めて勤務時間が適切に把握されているか
- 教職調整額と実際の時間外勤務との関係が検証されているか
- 授業準備や保護者対応に必要な時間が勤務時間内に確保されているか
- 教員不足の改善や業務量の適正化が進んでいるか
- 教員団体との実質的な協議が行われているか
これらは、学校現場の働き方改革が実効性を持つかどうかを考えるうえでも重要な指標となります。
元小学校教員として考えるCEART勧告の重要性
私は、今回のCEART報告書で特に注目すべきなのは、授業準備や児童生徒への対応などを、通常の勤務時間の中に位置づけるべきだと示している点だと考えています。
教員の仕事は、授業の時間だけで完結するものではありません。
翌日の授業を準備し、児童生徒の学習状況を確認し、教材を用意し、保護者への連絡を行う。こうした仕事も教育活動に必要です。
ところが、学校では授業や校務などに時間を取られ、準備や事務処理を勤務時間終了後に行わざるを得ない状況が生じます。
そのような環境で、単に「早く帰りましょう」「業務を効率化しましょう」と呼びかけても、必要な仕事が減らなければ根本的な解決にはなりません。
また、教職調整額を増額しても、業務量が変わらなければ長時間労働が続く可能性があります。
必要なのは、授業準備を含む教育活動に必要な時間を確保したうえで、それに見合った授業時数や業務量、人員配置を考えることではないでしょうか。
今回のCEART報告書は、こうした問題を考えるうえで重要な視点を示していると思います。
★まとめ★教員の長時間労働と報酬制度は引き続き検証が必要
2023年の全教による申立てを受け、CEARTは2025年2月、日本政府に対して教員の長時間労働の削減と、所定勤務時間を超える労働に適切な報酬を支払う透明な制度の整備などを求めました。
また、授業準備や部活動、保護者対応などを通常の勤務時間に位置づけることや、教員不足の改善、教員団体との協議についても重要な指摘を行っています。
その後、2025年6月に給特法が改正され、教職調整額の引上げや業務量削減の取組が制度化されました。
しかし、時間外勤務手当の原則不支給という基本構造は維持されています。
給特法の改正によって、教員の実際の勤務時間と、それに対する報酬の関係がどこまで改善されるのか。
そして、教員が授業準備や児童生徒への指導に十分な時間を確保できるようになるのか。
これらの問題は、今後も検証していく必要があります。
2027年のCEART次回会合に向けた日本政府の対応にも注目したいと思います。
参考資料・一次資料
この記事は、以下の一次資料および公的資料をもとに作成しています。
- ILO・ユネスコ「CEART第15期最終報告書」(英語・PDF)
日本案件は第121~165項。特に第151、155、161、164、165項を参照。 - 全日本教職員組合「全教申し立てに対する文科省見解を受け、CEARTが日本政府に勧告」
2025年4月10日公表。勧告の日本語訳や関連資料を掲載。 - 文部科学省「教員の地位に関する勧告」(1966年・日本語仮訳)
第82、89、90、92、93項などを参照。 - 文部科学省「教師の処遇改善」
2025年の給特法改正による教職調整額の引上げなどについて説明。 - 文部科学省・財務省「教師を取り巻く環境整備に関する合意」
2024年12月24日の合意。教職調整額、教員定数、勤務時間削減目標などを記載。
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※本記事は2026年10月時点で確認できる公表資料に基づいています。CEART報告書の説明部分は、ILOの英語原文と公表された日本語訳を参照して要約しています。