給特法がなくなったところで教員の労働環境は大きく改善しない。ただ、裁判への影響は大きい。

14日、現役教員らによる有志団体が会見を開き、教員の長時間勤務の改善に向けて、公立学校の教員に対し基本給の4%分を上乗せすることで残業代を支給しないとするいわゆる“給特法”の廃止を求めました。給特法をめぐっては中教審=中央教育審議会の特別部会で、14日から見直しに向けた議論が始まっていて、議論の行方が注目されます。

日本テレビ『現役教員ら“給特法”廃止訴え 「残業代なし」見直し議論開始受け』2024年2月24日

このニュースの反応をX(旧Twitter)で見ていると、世の中には、そして教員のなかにも、「給特法さえなくなれば教員の労働環境は改善する」と期待し、そう思い込んでいる人が相当数いるのではないかと思わざるを得ません。

はっきり言いますが、給特法がなくなったところで教員の労働環境は大きく改善などしません。

なぜか。そう考える理由は大きく2点です。

①闇残業となるだけ

よく考えてみてください。仮に給特法のなくなったとしましょう。しかし当然それだけでは業務は減りません。時間外勤務となります。残業代が出ます。

ただし、良かったですね、とはなりません。なぜなら、行政の財政は無限ではありませんから、ある地点から、「これ以上の残業は認められない」となってしまう可能性が高いです。

するとどうなるか。持ち帰り闇残業です。しかも給特法がなくなるのですから4%の教職調整額がなくなったうえで、です。

②労働コストを意識するようにはならない

会見を行ったこのチーム、給特法があることで使用者たる校長や教育委員会が労働コストを考えなくなっていると主張しています。今回も乙武さんが、

「この定額働かせ問題という給特法の仕組みを破壊しない限り、いつまでたっても教員の仕事を削減していこうというモチベーションが管理職に生まれないんです」

と言っています。

その主張は正しいでしょう。しかし、だからといって、給特法をなくせば、校長が労働コストを意識するようになる(仕事を減らすようになる)かといえば、それは疑問が残ります。

なぜなら、埼玉教員超勤訴訟判決では、教員の業務は特殊である故、校長から具体的に「いつ」「どのように」業務を遂行するか指示がなければ、それは労基法上の労働にはあたらない(教員の自主的な活動となる)との見解が示されているからです。

つまり、校長側から考えれば、仮に給特法がなくなろうが、「いつ」「どのように」さえ指示しなければそれは労働には該当しない、ということなのです。ですから、給特法がなくなれば、校長は労働コストを考えざるを得ない(仕事を減らさざるを得ない)とは言えないのではないか、というのが私の意見です。

給特法廃止最大のメリットは訴訟対策

とはいえ、私は給特法もこのままでいいとも思っていません。廃止したほうが良いでしょう。しかし、それは労働環境改善のため、というより、訴訟に勝つためです。

埼玉超勤訴訟では、一部時間外労働が認められたにもかかわらず、給特法の存在によって、敗訴しました。繰り返しますが、一部時間外労働が認められたにもかかわらず、です。

この結果を見ると、給特法さえなければ、勝訴した可能性が高いと言わざるを得ません。ですから、給特法は廃止したほうが良いでしょう。

給特法廃止の最大のメリットはここにあるのです。

(言うまでもなく、いじめや体罰同様、裁判での勝訴は現状の改善に大きな力となるはずです。)

★まとめ

給特法の廃止は“魔法の杖”ではありません。

もし仮に廃止が実現しても、それによって労働環境が大きく改善することはないでしょう。闇残業が増え、労働コストへの意識は現状維持・・・せいぜいそんなところです。

この問題のミソは、「労働者側の交渉力」と「労働基準監督」であって、ここを改善しない限り、給特法を廃止したところで大きく改善することはないでしょう。

ただ、裁判への影響は大きそうです。

もちろん、会見しているメンバーが「裁判のために給特法を廃止しましょう」とは言えないでしょう。だからこそ、受け手である我々のリテラシーが問われているのです。